Sarria → Portomarín   22.7km   3万5685歩 あと92.3km

朝食の定番はトルティーヤにクロワッサン、そしてカフェ・コン・レチェ(カフェオレ)または絞りたてのスーモ・デ・ナランハ(オレンジジュース)。日本ではコーヒーは絶対ブラックだけど、ここではそれじゃなんとも物足りないのです。オレンジジュースは、その場で丸のままのオレンジを投入すると自動で2つに割って絞ってくれるなんとも便利で楽しい機械がたいていのバルにあります。トルティーヤはバルごとにいろいろ。たいてい、フォークを真上からずんっと突き刺して供されるのですが。やっぱり定番のパタタ(じゃがいも)がいちばん。名前もかわいいし。

太く見上げるような樫の林を行きます。

オレオと呼ばれる高床式の穀物倉庫が、家々に見られるようになりました。ガリシア州独特のもので、木のものやブロックのもの、上に十字架がついているものもあります。薄く、風通しがよさそうです。

聞いていましたが、サリアを過ぎると人がぐっと多くなりました。見知らぬ顔、日焼けしていない人たち、小さな荷物しか持たず観光客ぽい出で立ちの人たち、合い言葉のBuen Caminoを交わさない人たちも増えてきました。

巡礼証明書をサンティアゴ・デ・コンポステーラでいただくために、最後の100kmだけ歩く、そんなのは巡礼ではないと言う人もいますが、時間、体力、お金、人それぞれのさまざまな事情があり、思いがあります。サリアから先にも小さな山村があり、素朴なバルがあり、アルベルゲ(巡礼宿)に泊まることもでき、そもそも100km歩くのだって、簡単なことではありません。

だけどここまで歩いてきて、できるならば、ピレネーを越え、3つの州を越えて歩くことをお勧めします。壮大なメセタ(台地)、風に波打つ麦畑、丘一面のぶどう畑、中世から続く教会や修道院、そこに泊めてもらえる幸せ。産業や気候、食べ物の変化、出会った人々との触れ合い。そこでしか体験できないものがたくさんありました。「巡礼証明書」などとは比べものにならない、五感全てで受け止めたこうしたものを、省くのはもったいないなあ。何年もかけて、少しずつ進んでいた人たちも多くいました。

ポルトマリンがミニョ川のダム湖の向こうの丘に見えてきました。今までの村と比べ、どの家も白く統一されているのは、新しい街だからだそうで、旧市街はダム湖に沈んでいるそうです。水位が下がるとその村が現れることもあるというから、神秘的。

サン・ニコラス教会はダムに沈む前に移築したそうです。夕飯は、ちょっとワカメの味噌汁にも見える、ガリシア風スープ。

いよいよ残り100kmを切りました。私はこの巡礼の機会を十二分に生かしてきたでしょうか。ちゃんと何かを得られたでしょうか。

まだ巡礼が始まったばかりの頃「この旅を終えたくない」と言っていたイタリア人の青年を思い出しました。