深谷宿→本庄宿(十/六十九) 日本橋から88㎞(行程13.1㎞)
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埼玉は過ごしやすかったのでしょうね。古墳やら古代倉庫群やら遺構があちこちにあります。
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だんだん旧中山道は曲がりくねりますが、道標がしっかり示されているのがうれしい。
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道は急に、畑の中へのびやかに。車もあまり通らず、ほっとするひととき。滝岡橋で小山川を渡り……。あれは榛名山? うっすらと雪化粧しています。
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このへんは送電線がにょきにょき。
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ようやく本庄宿へ。
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きらびやかな円心寺、巨大な欅がある、古墳の上に建つ愛宕神社。お寺や神社は次々現れます。やはり人が住むところ、通るところ、欠かせないのですね。
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中山道の宿場の中で、人口も建物の数も随一ということですが、宿場として残っているものはさほどありません。田村本陣の門がかろうじて移築されています。近くには明治の旧本庄警察署も。
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面白かったのは、旧本庄商業銀行煉瓦倉庫。煉瓦造りの明治の建物で、国の有形登録文化財。1階には本庄に関わる産業の歴史が展示されています。「銀行」というから、お金をごっそりと保管していたのかと思いきや、保管してたのは繭だそう。隣の駐車場となっているところに銀行があって、蚕の繭を扱う業者に、農家から繭を買うお金を貸していたとか。買った繭は条件よく保存しておかないとカビが生えたりするので、窓も多く空気の通りも計算され、内壁をしっくいで塗り固めて湿度調整したこの倉庫に保管し、銀行は、返済が滞ったときには、すぐ隣の倉庫の繭を差し押さえることができるということ。まさに三方よしの頭のいいサイクル。ここの繭は富岡製糸場に送られ絹糸になっていました。
明治時代、一生懸命西洋化を図ろうとする政府が、渋沢栄一に煉瓦工場建設を依頼。渋沢栄一は、よい土もとれる故郷の反映のために深谷に工場を建てました。この倉庫は、その煉瓦を100パーセント使って作られています。深谷の煉瓦は東京駅にも使われているそうです。ちなみにこの「商業銀行」には、渋沢栄一も絡んでいたとか。さすが。
深谷宿で見た、煉瓦工場への鉄道跡、渋沢栄一、かつて見学した富岡製糸場などがつながりました。
2階は、屋根の三角構造によって強度を増し、柱を立てないことを可能にした広いスペース。一般の人に貸し出しもしています。窓枠を取り付けるための木煉瓦、独特の四角のボルトなど、さまざまな特徴を今も見ることができ、スタッフの女性が熱を込めて説明してくれました。こういう方に出会うと、旅が何倍も楽しくなります。
小さな探究者のことも書かなくちゃ。スタッフさんの話を聞いているときに、「一緒に見させてもらっていいですか?」と声をかけてきた小学6年生の男の子。遠く広島から転校してきて、新しく住んだ町のことを、一人でいろいろ調べているよう。はきはきと質問をして、「ありがとうございました」と自転車でさっそうと去っていきました。こういう子が日本の将来を背負ってたつんだろうな。
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荘厳な安養院、本庄宿の総鎮守、金鑽(かなさな)神社にお参りして、次の宿へ。